自分のミッションを肚に落として言語化する際に子供の頃の環境から辿ることが有効だった〜自分はなぜコーマワークなのか?の探求〜

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「自分のミッションは、どんなミッションだろう?」と思って探求して作った時があった。
以前のブログでも書いたが、エンジニアリング会社の経営者をしていた時の自分のミッションは
「日本の基板設計は美しく・そして合理的である。それを体現し広める」
だった。これはその時受講していた講座の中で、自分のやっている事や得意な事等から考えて作ったミッションだった。
今から考えると、本当に作ったという感じだった。
そもそも作るってことからして、頭で考えたレベルのことでしかないが。
案の定、後年「絵に描いた餅」になって、毎日が仕事の心配、社員が不良を出さないかの心配、お金の心配に心が埋め尽くされてすごく苦しかった。

その後、自分は運良く心の学びに出会い、そこで自分のミッションについても再度知りたいと強く思い探究してきた。
その過程の中でコーマワークに出会い、それをやると決め、現在そのために勉強を続けている。

そして、「自分はなぜコーマワークをやりたいのだろう?」その「なぜ?(Why?)」をずっと探してきた。
「なぜ?」を知る事は、それを続けていくための大きな原動力であり、また、なんでこんなにこだわるのだろう?と自分自身が疑問に思ったので探究してきた。

2021年2月26日〜28日株式会社LLT主催 JTSモジュール5 ライフタペストリー に参加し、ひもときを受けた際に、自分の子供の頃の環境(原家族)を取り扱うことからミッションにつなげる時間があった。

その内容をざっくり書くと

●自分の父と母は仲が悪かった。暴力は父が母に一方的に振るっていたが、母は父について最低限のことしかやらないというサボタージュもしくは無視するという方法で反抗していた。
●自分は次男で、自分が生まれる前に9ヶ月で亡くなった兄がいる。
兄に関連しては以下のような事が日常としてあった。(事実)
・自分が小さい頃、母は仏壇に毎朝ご飯とお水を備えお線香を立てて拝んでいた。父もよくお線香立てて拝んでいた。
・毎年命日には単にお墓参りだけでなく、お経を上げて供養していた(たぶん5万円ぐらい包んでいた記憶)
・春と秋のお彼岸には欠かさずお墓参りしていた。
・会話に時々「生きているだけで感謝しなければいけない」という意味の言葉がでてきた。

そして更に、自分が3歳〜5歳ぐらいだと思うけど
ある日、母と2人で部屋にいた時、母に
「あなたは、お兄ちゃんかが生きていたら生まれて来なかった」
と言われた。これはすごい子供頃のことだけど、いくつになっても鮮明に覚えているほど自分にとってはショックな出来事だった。(事実)

菊地家では、兄は肉体はないけれど魂として生きていた。
子供で脳天気な自分でも、さすがに上記のような事実を日々みていると、父母の兄を亡くした大きな悲しみ・罪悪感はうすうすは感じられた。

こういう環境にいた自分は
【やさしくて、ちゃんとした、いい子=兄の代わり にならないと】
という信念が生まれ、ほぼ40年そうやって生きてきた。
そして、誰かの代役を努めている自分は常に
「あなたでなくても代役は務まる。もう必要ない」
と言われる事を極度に恐れてきた。
だから、そういい気配が感じられると、自分からそこを去っていったし、
そもそも特定の人や組織に深入りすることはなく、常に周縁にいる人だった

整理すると
●自分の深い痛みは
「本当の自分はこの世界に求められていない」
「僕じゃなくてもよかった=代役は他にもいるから」
●その痛みによる適合行動は
「ちゃんとやる。期待に応えて結果を出す」
「求められる役柄を100%演じる=同一化」
●その痛みによる回避行動は
「人にたよらない=たよったらいらないと言われるから」
「人と親密な人間関係は結ばない=いらないと言われるのが怖いから」
●代償
自分が「自分を生きる」という事を求めてこなかった
自分の肉体はあるけど魂はない状態

重要な事は、これは自分の内側での世界であるという事である。
自分の外側の現実に対して解釈や意味づけをするのは、自分の内側の世界にあるもの。
その解釈や意味づけは、深いところにある痛みを見たくない・感じたくないために存在する思考や、もっと強い信念とも言える考えである。
なぜなら、その痛みを感じるのは不快だし、痛いから。
でも、その痛みとセットで必ず「願い」もある。
例えば「欲しかったもの」
例えば「痛みを受け止め感じてみた結果、行動したいと思ったこと」
例えば「痛みを感じた時、あったらよかったと思うもの」
例えば「痛みを感じた時、そうあったらよかった状態」
その願いがミッションにつながるものになる。
なので、内側の世界に何があるかを丁寧にみることは、ミッションの探求するのに非常に重要である。

例えば自分の場合、
願いは
「自分の事をもっともっと気にかけて欲しかった」
実在している子供に対して「(兄ではなく)あなたが居てほしい。(兄ではなく)あなたで良かった」と伝えてほしかった
になる。

でも、上記の願いは、まずは自分が自分に
「(兄ではなく)あなたが居ていい。(兄ではなく)あなたで良い。(兄ではなく)自分を生きていい」と言ってあげることが大切になる。

自分が「自分を生きる」という事を求めてこなかった・自分の肉体はあるけど魂はない状態だった人が、上記の言葉を自分にかけるのは、本当の自分の意識に目覚める第一歩になる。
そして、ずっと「自分を生きて来なかった」からこそ、他の人が「自分を生きていない」ことに共感できるし、寄り添えるし、自分の通ってきた道だから目覚めをサポートできる。
それが”めざまし時計”というミッションにつながってくる。

コーマ(昏睡状態)になる肉体的な理由は事故や病気で脳に障害が起こるからである。
しかし、プロセスワークではコーマになる心理的な原因というのも考えられていて、その一つが世界と自分を切り離すため
と言われている。
そりゃー 「本当の自分はこの世界に求められていない」と考えて、人や組織と距離を置いている自分はコーマの人に親近感めっちゃ湧くし、共感できるよね
っておもう。

更には、自分が子供の頃家族の中で考えていた事
・自分がいなくなったら、亡霊として兄がいる家から自分を切り離すことができる
・自分が病気になったら両親の目が自分に向く。そしたら2人の葛藤もなくなるかもしれない。
の「自分がいなくなったら・病気になったら」を「コーマになったら」に置き換えると、子供の頃に自分がやりたかったことを体現している人とも言える場合もあるかもしれない。(もちろん全部の場合がそうではないと思います)

 

上記の結論はすごく肚に落ちた。
別の投稿でも書いたが、このルートを辿って出て来た たミッションの言葉を聞いた時の、あの納得感、肚落ち感は一生忘れないだろう。

また、これは今まで自分が受けた他の講座もそうだったし自分がクライアントさんに対して行うアプローチと一緒だなと思った。
こういう探究のルートを辿る事は、自分のミッションを探求する時にとても有効であると思う。
また、自分がこれを体験したからこそ、他の人のミッションもこのルートを辿って探求できる。
自分がその道を通ったからこそ、人がその道を進む時のサポートができるんだと思う。
また、この方法はミッションの探究だけでなく他のここのお悩みの相談内容でも使用できる。

自分も原家族から、クライアントさんが感じている問題を解明するセッションを行っています。
詳しくはお問い合わせ欄よりどうぞ。

自分が受講したJTSモジュール1〜5の講師の 由佐美加子さんの著書です。(天外伺朗さんと共著ですが)
自分がどんな痛みを持っているのかを探求するのに参考になりました。
自分はこの本を先に読んで、講座を受講しようと思いました

ザ・メンタルモデル 痛みの分離から統合へ向かう人の進化のテクノロジー

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この記事を書いた人

菊地 健介

感性と心を大切にする経営者、菊地健介です。
約30年プリント基板設計を仕事にしてきて、そのうち17年間は基板設計者と社長という2足のわらじで会社を経営してきました。
この過程で自分と自分の周囲に起こってきたつらくて悲しい経験から、心豊かな幸せを実現するためには感性もちゃんと使うこと、更に感性と理性のバランスを取ることが重要であることに気がつきました。
今は、それらの体験を生かして、カウンセリングやコンサルティングもしています。
また、更に深くカウンセリングを勉強していくその過程でのいろいろな気づきをブログで発信しています。