「父を助けたかった・父の力になりたかった」と思っていた自分もいた

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自分の場合は、父から暴力を受ける母を見て「母を助けたかった」は今までの自己探究で出てきた。

でも、今日一緒にいた人の話を聞いていて、ふと「父を助けたかった・父の力になりたかった」と思っていた自分もいたって気がついた。
 
子供の頃は、床屋に行くのはいつも父と一緒だった。
父はいつも夕方に行ってたので、冬寒い時期は父の後ろに回って腰の所に抱きつくようにくっついて床屋まで行ったことも同時に思いだした。
自分が後ろからひっついても「歩きにくい」とか「邪魔」とか言わないで歩いてくれてた父がいた。
「あー この瞬間は父が好きだったよな」って思った。
 
でも、同時に突然(自分には全く理解不能で)母にキレる父も存在していていた。

2極の父に怯えて怖いと思いながらも違和感を感じて、ずっと「床屋に一緒に行く」父のようであるにはどんな助けができるだろうと思っていた。

うまく言えないけど、この助けたいがコーマワーカーになりたいと強く願う原動力かな?

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この記事を書いた人

菊地 健介

感性と心を大切にする経営者、菊地健介です。
約30年プリント基板設計を仕事にしてきて、そのうち17年間は基板設計者と社長という2足のわらじで会社を経営してきました。
この過程で自分と自分の周囲に起こってきたつらくて悲しい経験から、心豊かな幸せを実現するためには感性もちゃんと使うこと、更に感性と理性のバランスを取ることが重要であることに気がつきました。
今は、それらの体験を生かして、カウンセリングやコンサルティングもしています。
また、更に深くカウンセリングを勉強していくその過程でのいろいろな気づきをブログで発信しています。